11月29日、尾崎豊のバースデイだ。
今日は、東京は曇り。
尾崎のバースデイと命日は、なぜか今日のような泣き出しそうな空模様になることが多いように思う。
尾崎豊が亡くなった92年4月からもう、20年も経とうとしているのに、
「尾崎の荒ぶる魂は、いまだ天国にたどりついてなかったのか。」
蒸し返された『遺書騒動』の件といい、今日の天気といい、
そういう感想を持たれる方も多いのではないだろうか。
バースデイに亡くなった日のことを書くのは気がひけるが、
もう少し話を続けよう。
以前にこのブログで書いたこともあるとおり、
尾崎を死に至らしめた覚せい剤ルートの捜査は、当時なぜか突然ぶっつり終わってしまい、
その捜査終了の件に政治家が絡んでいるのではないか、という疑惑などもあり、
周辺事情はどろどろしている。
尾崎が亡くなった後、尾崎が仕事場にしていた渋谷区のマンションも、
足立区の自宅も家宅捜索が行われたが、覚せい剤は出てこなかった。
尾崎の体内にあった致死量をはるかに超す覚せい剤は、それならどこにあったというのか。
他の誰かが持っていたものなのではないか。
亡くなる前日のパーティ後、尾崎は一升をこす日本酒を呑んだという。
その時に行動を共にしていた人物への捜査は、行われなかった。
尾崎が亡くなった当日、通称尾崎ハウスで確認される前に足取りのわからない時間帯があり、
その時間帯に何があったのかは、推測で語るしかない。
ありとあらゆる推測が可能だ。
いろいろ不明な点があるということで、尾崎ファンは納得できないだろうけれども、
「不明だ。」と自分に言い聞かせるしかない。
つらいが、それで終わらせるしかない話だったはずなのだ。
今回の遺書とやらの件で、心の傷口を逆撫でされた方も多いことだろう。
日本で最も権威のある月刊誌のひとつ文藝春秋に、今回のデタラメな記事が掲載され、
あらゆる大新聞社系の媒体で「尾崎豊の遺書公開」という報道がされた。
何千万人の人々に「尾崎豊の遺書」というイメージがインプットされてしまった。
尾崎の自殺説なんて、もっとも信頼性のない説であり、
94年の尾崎豊再捜査署名嘆願運動のさなかに、突然降って湧いたように出てきた話なのだが、
今回の裏付けのまったくない「遺書」とやらのマスコミ大報道によって、
真実がねじ曲げられてゆくように感じる。
尾崎の死に関する、もっとも客観的な文書は、
検視を行った支倉逸人氏の尾崎裁判の尋問調書であり、
これが今までの最終的な公的判断の元になっている。
文藝春秋記事では支倉氏が他殺説を否定し、
あたかも尾崎の自殺を認めていたかのような情報操作が行われているが、
支倉氏は裁判の場で、「自殺説」を否定している。
調書から引用しよう。
病死を除いて人間が死ぬ原因としては、自殺がありますね、それから他殺もあるわけですね、それから自分にはその気はないけれども何らかの原因でいわゆる事故死する例もありますね。
はい。
証人のお話によると、自殺については、その可能性はないというか、ほとんど、覚せい剤で自殺することはないんだというふうに結論付げられているんですが、それはそれでよろしいんですか。はい。
その理由というのば、覚せい剤を使用しても死ぬとは限らないんで確実性が低いからということなんですか。はい。
つまり、今までのご経験からすると、自殺する場合、もっと確実な方法を選ぶということですか。
はい。
さらには、支倉氏はこの調書の中で、尾崎の命を奪ったものが暴力による傷だったということは否定しているものの、
尾崎に致死量の覚せい剤を飲ませた者がいるとしたら、
その可能性は否定できないと陳述している。
せめて、尾崎の遺書に関する僕のこの一連のブログ記事を読む方々だけは、
尾崎の死に関してはさまざまな疑問があり、
その疑問は、未だに何ひとつ解決していないのだという事実を知って欲しい。
さて、尾崎には様々な顔があるが、
小説家やエッセイストとしての側面は見過ごされがちなので、
三作品ほど引用する。
この見事な文体を読んで興味を持たれた方は、本を手にとって読んで欲しい。
処女小説集「普通の愛」収録『普通の愛』
「もうすぐ僕の誕生日」と書いている短編。
この小説の女性のモデルは尾崎豊未亡人。
何よりも大切なのは愛。心が求めているのは安らぎ。安らぎは笑顔。笑顔は優しさ。
晩秋の夕暮れは早かった。ぽつりぽつりと雨も降り出した、僕に傘はなかった。
僕は僕にに裁かれながら暮らしている。もう誰を愛する資格もないのかもしれない。僕は愛に心を引き裂かれた。なのにまだ愛を求めている。心脅えることのない愛を探しているんだ。
あぁ、もうすぐ僕の誕生日じゃないか。僕の誕生日には彼女にパールの時計をプレゼントしよう。お洒落は彼女の笑顔の思い出だから……。離婚するのか……。
彼女は僕の、愛という名の迷路だった。僕はその迷路に迷い込み愛に飢え、死んだんだ。
あぁ、誰もがいつしか心に安らぎを与え合い、愛し合える人にめぐりあえるように。
愛はきっとこれから始まるんだ。それは永遠の安らぎを分け合うだろう。
この思いやあがきは彼女の心にもきっとあった、悲しい愛の軌跡なんだから……。
「堕天使たちのレクイエム」収録『堕天使たちのレクイエム』
この小説の女性のモデルは、斉藤由貴さんだという説もある。
「ねぇ、愛って何」その言葉に答えなどあるはずもなく、ただそれは彼女が体に巻き付けたうす汚れたシーツにこぼれ落ちて光をも弾いて闇を生み出していた。
「幸せになることじゃないのかな」
「そっか……。そっか……。ごめんね。あなたまで巻き込んじゃって」
「構わないさ」
そのために僕らは存在していたんだ。失うことの正直さだけが僕らの本当の姿だった……。
僕はそう思ったことを口にはしなかった。
愛欲は悲しみの中に意味を無くし消失してゆく。
羽があると思っていた。自由に羽ばたける翼があるのだと思っていた。
僕らは飛び疲れたのだろうか。いいや、そうじゃない。
悲しみをひとつ消す度に翼の羽をひとつひとつ取り去っていた。
そうして片方の翼がなくなると、僕らは抱き締め合ってひとつになり、片翼ずつで地上に舞い降りた。それしかなかった。そうすることが一番いいことだった。全てはこうして別れるための戯れだった。
愛を失った堕天使の翼は愛欲の暗闇にしか飛ぶことも出来ず、陽のあたる場所を探すことさえも出来ない。だからもう一度地上に立ち全ての空を仰いで、夢という翼で大空に舞い上がるんだ。本物の愛のために。
「普通の愛」収録『雨の中の軌跡』
尾崎の作品の根底に流れているものは、少年時代に培われたものだったのだということが、よくわかる短編だ。
振り返ると、僕はいつも夢を見ていた。
小さな小さな家で生まれ、大きくて温かな愛の温もりの中で育った。
小さた焚き火が出来る程の庭があった。庭はニメートルぐらいの高さの正木という常緑広葉樹で出来た垣根に囲まれている。一面を真っ白にする冬の雪化粧も、蝶を舞い込ませる春風も、照りつける真夏の日差しも、空気の縮んでゆくような秋の気配も、季節は全てその庭に訪れ僕に顔を見せていた。
僕はそれを捕まえるのでもない、それに呑み込まれるのでもない。ただ、泣き虫だった僕の暮らしは、ふうっと通り過ぎて行くそれぞれの季節の瞳にじっと見つめられていたようだった。
あれは何時の季節の夕暮れだっただろうか。共働ぎで両親の帰りが遅い僕の家の夕暮れの明かりは何時の季節も、慌てて帰ってくる親が点けてくれた。ぽちん、とスイッチを引っ張れぽいいだけのことなのに、僕は夕暮れて薄暗くなってゆく部屋の気配に紛れ込むだけで、あまり自分で明かりを点けたことがなかった。
冬の闇は早く、夏の夕暮れはいつまでもその余韻を響かせている。

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