Get Adobe Flash player
このエントリーをはてなブックマークに追加
はてなブックマーク - 尾崎豊の最期の言葉は「勝てるかな」~その2
Share on Facebook
Post to Google Buzz
Bookmark this on Yahoo Bookmark
Bookmark this on Livedoor Clip
Share on FriendFeed

この記事は

「尾崎豊の遺書」は偽物としか思えない。

尾崎豊の最期の言葉は「勝てるかな」~その1 
と合わせてお読みください。


③急性覚せい剤(メタンフェタミン)中毒は肺水腫を引き起こした

この記事を書いたジャーナリスト加賀孝英とやらは、肺水腫を引き起こし、死に至るほどの損傷を内臓にもたらした「急性覚せい剤(メタンフェタミン)中毒」の恐ろしさが、どのようなものであるか、まったくわかっていない。
致死量をはるかに超える覚せい剤が、体内にあったということの恐ろしさが、まったくわかっていない。
いちばん腹立たしいのは、彼には、肺水腫ゆえに呼吸が止まってしまったことや、覚せい剤の引き起こす、幻覚症状や心神喪失についての知識や考察が全くないことだ。

尾崎逝去時の検視官だった支倉逸人氏の著書
『検死秘録―法医学者の「司法解剖ファイル」から』より
尾崎の遺体を執刀した時の文章を引用する。

また、肺にはすっかり水が溜まっていて、重かった。
肺の中に水が溜まっていることを肺水腫というが、
男性の肺を切るとジャーッと水が流れ出した。
・・・・・・毛細血管は普通、水を通さない。
ところが覚醒剤の中毒症状を起こすと、血管から水が漏れるようになる。
そして、そのまま水がどんどん漏れだすと、肺の中が水浸しになるのだ。
こうなるといきができないから、・・・・・・
やがて溺死に近い症状で亡くなるのである

尾崎の肺機能は、急性覚せい剤中毒の引き起こした肺水腫により失われてしまったのだ。
肺機能がストップして呼吸が止まれば「言葉」を発することはできない。

文藝春秋記事149Pの

尾崎の目が一点を見つめたまま動かなかった。瞳孔が開いている。
側にいた大楽が金切声を発した。
「わッ! 豊、おい、豊! 救急車、救急車!」
大楽は心臓マッサージをしていた。
一度、尾崎は目覚め、何かを摑むように腕を宙にさまよわせた。
その手が繁美の頬に触れた。
「痛いっ」
繁美が声を上げると、尾崎はハッとしたように、繁美の方を見た。
そして、微かな声でこう咳いた。
「-繁美、ごめんね」
それが尾崎がこの世に遺した最期の言葉だった。

という部分の嘘がはっきりわかっていただけるだろう。

こういうあたりまえのことを指摘して「嘘」ということを証明しても、
それが「嘘」だということを、認めたくない人達がいる。
これは皮肉で書いているのではない。どれだけ客観的な事実を挙げて説得しても
「自分の信じたいことしか信じない」という人は多いのだ。

さてこの文藝春秋記事には、さらに重要と思われる捏造疑惑がある。
150Pから引用する。

支倉教授は、「(尾崎の)胃に飲んだ覚醒剤が吸取されずに残っていた」ことを指摘した上で、
「彼の胃は真っ赤に充血していました。普通なら覚醒剤は二時間で吸収されて、
胃から検出されることはあり得ない。つまり、彼の身体は覚醒剤を飲む前から異常な状態で、
すでに胃腸も動かない状態にあった」

支倉氏がこういう「つまり、彼の身体は覚醒剤を飲む前から異常な状態で、すでに胃腸も動かない状態にあった」というようなことを言っていた記録は、今までまったくない。

尾崎裁判では、支倉氏に対する証人尋問も行われその調書がある。
この箇所に当該するポイントを引用する。

証人が解剖された時、尾崎豊氏の胃はかなりただれていたというような話があるん
ですが、その点いかがですか。
「はい。胃から十二指腸、小腸の上の部分まではかなりただれていました。」
その胃から十二指腸、小腸にかけてのびらんというんですか、そのただれというの
は、急性のものですか、それとも慢性のものですか。
「急性のものです。」
そうすると、当時の状況から考えてそのびらんの原因はなんだと思いますか.
「メタンフェタミン溶液によるびらんだと思います。」
メタンブェタミン溶液によってびらんが起きる場合、その溶液の濃度及び量などに
ついては推定ができますか。
「分かりません。」
濃度としては高いものだとふうに考えてよろしいんですか。
「はい。」
(中略)
そうすると、本件尾崎豊氏の消化器のただれの主原因は、覚せい剤であると考えてもいいわけですか。
「はい。」

文藝春秋記事では、尾崎の胃腸が逝去時の前から慢性的に問題があったかのような、情報の誘導が行われている。
しかし支倉氏は、尾崎の胃腸のびらんを引き起こしたものは、慢性的なものではなく、急性のものと結論づけているのだ。

明らかに矛盾がある。

この矛盾について文藝春秋社は、記事に書かれた支倉氏の話を本当に支倉氏が言ったのかどうか調査して見解を発表するべきだろう。

④尾崎の最期の言葉

尾崎は、当日通称尾崎ハウスで確認された時、急性覚せい剤中毒の幻覚症状状態にあった。
幻覚症状状態にあったから、誰かと戦っているかのように、裸で空手の形のしぐさを激しくずっと繰り返していたのだ(尾崎は幼い頃から、空手の流派の一つである躰道をやっていた)。

この幻覚症状はずっと続いていて、白鬚橋病院に搬送されてからも、押さえつけているのにバタバタ暴れるという状態だったという様々な証言がある。
暴れる尾崎の身体を、尾崎の自宅へと帰る車に乗せるには、医者一人、救急隊の二人、の三人の人出が必要だった。

尾崎が自宅に着いた時、尾崎はリビングのソファーに寝かされ、
康氏とマネージャー大楽氏の二人がずっと付き添っていた。
ソファーに寝かせても起き上がって、空手の形のような真似をしたり、身体がいうことをきかないのか、しきりに手を前後にくねらしたりしていて、二人が抑えつけた。

繁美夫人は、まだ小さかった息子さんが隣の部屋のベッドで寝ていたので、
尾崎が暴れるのが収まると、様子見も兼ねて、しばらくは隣室にずっといた。

僕は大楽氏に何度も話を伺ったことがあるのだが、この時の尾崎は、言葉は発するのだけれども、ひとつも脈絡のある会話はできない状態だった。

何者かと戦っていた 尾崎が、きれぎれに発した言葉の中の最期の言葉が「勝てるかな」だったのだ。

⑤今回の文芸春秋記事はマーケティングの一環なのか?

文藝春秋記事と、ここで指摘した問題点を読んで、同じような感想を持たれる方もいらっしゃると思うが、今回の文藝春秋記事には、なにやらマーケティングの匂いが漂っていて、それが鼻につくという人もいるようだ。
僕の仕事の友人たちは「プロモーション臭いね」と口にする。
逝去後20年を経て、なんで今の時期にこんな胡散臭い話が出てくるのだ?と。
「考えすぎだろ。」と僕は答えたが、他の周囲の方々や関わりあった方々(-例えば斉藤由貴さんなど)をこれほどまでに腐して、尾崎母子のみを持ち上げる記事には、正直違和感がある。意図のようなものを感じる。

僕も仕事でマーケティングということをやるのだけれど、
僕が、マーケターだったら確かに、こういう全ての大新聞社系報道機関が大きく報道した記事の次には
「商品を売る」ということを考える。

つまりこういうことだ。
「尾崎夫妻をジョン・レノン+オノ・ヨーコのような運命のカップルとしてのイメージ化」
&「尾崎豊とその母子の聖家族イメージ化」→「尾崎豊の遺志を継ぐ者の商品リリース」
みたいな戦略を考えるだろう—ということ。

こんな予感など当たらなければいいのだが。

それは、人の死の真実をねじまげて、市場(金儲け)を優先させるということだから。

もしマーケティングだったとして、
こういうマーケティングは、20世紀で終わったやりかただろ?とも思う。
結局、時代を経て生き残るコンテンツは、
優れているもの、人生の真実が含まれているものであって、
ネット時代&SNS時代の今、クオリティや誠実さや真実を伴わない商品なんてすぐに見破られ飽きられてしまう。

⑥勝てるかな。でも僕が僕であるために勝ち続けなきゃならない。

尾崎豊「僕が僕であるために」は、
今でもプロスポーツ選手やオリンピックに出る選手たちに愛聴されているそうだ。
28年も前の曲なのにまったく色褪せないで、時を越え今も聴き続けられるのはなぜなのか?
メロディも素晴らしいが、
「僕が僕であるために 勝ち続けなきゃならない」
この言葉に、この曲の歌詞に、チャレンジする者達にとっての人生の真実がこめられているからだ。
人生は、自分のプライドや信念を傷つけようとするものとの戦いだ。
人が自分の存在理由は何なのかと問う時、自分に正直に、自分に誠実であり続けようとすると、
さまざまな軋轢と対峙することになる。

「勝てるかな。でも戦って勝ち続けなければならない。」

そのプライドがチャレンジャーをチャレンジャーたらしめるのだ。
尾崎豊がそうだったように。

僕が僕であるために 1991年BIRTH TOUR 横浜アリーナ
YouTube Preview Image

僕は、尾崎の亡骸のリアルな話なんて、正直書きたくなかった。
人の死は人の命の尊厳に関わる問題だからだ。

でも、明らかに事実と異なる記事が文藝春秋に掲載され、
それがこうやって全ての大新聞社系報道機関で大きく報道されれば、
数千万人の人がそれを真実だと思ってしまう。
これこそが尾崎の死の尊厳を傷つけることなのではないか?

ここ数日ずっと僕は「僕が僕であるために」を聞いていた。
オッサンの僕ですら、いまだに励まされ、そして泣かされる。

One Response to 尾崎豊の最期の言葉は「勝てるかな」~その2

  • らん:

    文藝春秋の5月号で未亡人の手記による『遺書』の強引な印象操作が行われましたね。
    遺書の存在はない、というのが過去の遺書問題で決着がついたのにも関わらず、昨年に続き
    2度目の自殺キャンペーンとなりました。
    こう重なりますと過去の経緯からして文藝春秋社と未亡人の黒い関係の疑惑さえも生まれます。
    両者の、死者を冒涜し続ける行為に言葉もありません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">

EnglishFrenchGermanItalianPortugueseRussianSpanish

最近の記事


ブログ成分解析サービス