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はてなブックマーク - 桑田佳祐の歌詞にビックリ-その1
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桑田さんの食道がんについての、

いろんなブログや掲示板を見たのだけれど、

サザン・オールスターズの、特に歌詞の歴史的な評価について、

「ちょっと間違っているかな」って気になった投稿が多かったので、

備忘録として、ちょっと振り返ってみたい。


サザンの登場をもって、「日本語ロック論争」が終わったかのようなことを書いている人がいるが、

サザン・オールスターズデビュー(78年)の頃には、

とっくに「日本語ロック論争」なんて風化していて、

「日本語でロック」を歌うってことは、もうすでに

ものすごくあたりまえ中のあたりまえのことだった。

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「日本語ロック論争」というのが、

中村とうようの主催する「ニューミュージック・マガジン」であったのが1970年(注1)

この後、すぐに「はっぴいえんど」風街ろまん」が71年末リリース「サディスティックミカバンド」72年、

そして「キャロル」72年「ダウン・タウン・ブギウギ・バンド」73年のメジャーでの成功、

関西の雄「ファニーカンパニー」72年デビューアルバム-ボーカルの桑名正博は76年ソロアルバムリリース。

京都の雄「村八分」73年アルバムリリース、九州ではいわゆるめんたいビートの親玉「サンハウス」が75年にデビュー、

北陸の雄「めんたんぴん」75年、関西のR&Bバンド「サウストゥサウス(英語曲のカバーも多かった)75年ライブアルバムリリース。

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「カルメン・マキ&OZ」が1975年アルバムリリース。「頭脳警察」をやっていたPANTAは76年にソロアルバムリリース、

ツイスト・原田真二とともに、ロック御三家と呼ばれた「Char」が76年デビューアルバムリリースで、

もうすでに、「日本語ロック」は百花繚乱だった。(注2)


さて、ではデビュー時サザン・オールスターズの日本語ロックのどこが衝撃的だったの


これは、はっきり言って歌詞の「文学性」を破壊し尽くしてしまったことにつきる

それまでの歌謡曲もロックもフォークも、歌詞だけを抜き出しても「詩」として成立するものが大半だったわけだが、

「勝手にシンドバッド」は、文法的にいいかげんで「詩として成立してない歌詞」だった。

語感と歌いたいメロディのリズム乗りを最重視して、日本語の単語と英語の単語とのつぎはぎだらけの歌詞。

「ただの歌詩じゃねえか、こんなもん(新潮文庫桑田佳祐著)」と開き直り、

ノンポリで、すけべでナンセンスで・・・・・・

しかし、すごくポジティブで、16分音符の符割にまで単語がぎっしり詰まり、疾走感に溢れ、
その単語のチョイスは、今まで聞いたことのないような斬新なものだった。

(注1) この「日本語ロック論争」については、内田裕也さん側の立場から、日を改めてちゃんと語ることにする。

(注2) なにが「ロック」か?という話題は、またそのうち書きたい。


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